Aoi's Freespace

2004年08月03日

しつこく佐世保の事件に思うこと

自我への目覚めと様式へのこだわりっていうのかしら。例えば、自分の描いたイラストや顔文字に対して著作権を主張したり、自分の作品を学校友達だけみたいな狭い世界を通り越していきなりウェブで公開してみたり、交換日記を自分だけ(日本語だから当然)縦書きにしてみたり・・・みたいな。

私らみたいなオトナから見れば当たり前のように思えることでも、コドモにしてみれば「何を気取ってるんだかー」みたいな印象を持つんじゃないかな。

失礼な物言いをされたときに、それに対して毅然と名誉の回復を訴えることも当たり前のことなんだけど、コドモにしてみれば「何を高慢な!」と思われても致し方ないことなのかもしれない。

んで、デュオの家庭では新設の県立中学への進学意識が非常に高かったわけよね。長崎といえばラサールとか付属とかあるんだけど、なんで県立かと言うと、やっぱ家庭の経済的な事情なわけね。

一方、被害者の子は都心からの転勤族で、時間が過ぎればいずれまた転勤がある(ご存知のように新聞社の支局長なのです)だろうから、地方の進学校なんか進む必要無いし、いずれ東京なり大阪なり大都市で大学から良いところに進めばいいかなー、みたいな方針があったと思うのね。

そんなわけで、進学方針だけをとってみても、強烈に文化意識に差があったと思うわけ。

なんていうか音羽のお受験殺人事件を彷彿とさせるノリなんですけど、それはさておいて・・・。

被害者宅では、小学校のうちは地方でのびのびとさせてもいいかなー、みたいなエリートさんの余裕みたいなのを感じさせる一方で、デュオ宅ではママの方針かパパの方針かわかりませんけど、なんかもうやる気バリバリって感じに思えません?

着てる服をとっても、被害者さんを始め、他の子はいわゆるフツーの小学生(ださださ系)なんですけど、デュオの場合はもう気合い入りまくってる感じ。一見して垢抜けてるっていうかカワイイ!って感じだし、髪型とかも他の子と全然違うじゃん?見た目だけで、もう差が歴然みたいな。

そんな見た目の差と、先に書いた意識の差みたいなのがここに来て極まってるような感じ。それまではお互いにコドモのままだしジャレあっていれば事足りていたんだけど、11歳って年齢は同性異性を問わず意識の差ってスゴイある年頃だと思うわけ。

そんなわけで、6年生になって、二人の間が急速に敵対関係になっていったと判断してもおかしくないと思うのね。

人を殺めてしまうのは良くないことなんだけど、それ以外の点では、私としてはデュオを擁護してあげたいと思った。そんな朝。

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